短い話1 リンゴの村より
ほとんど漠然としていて、けれども求めているものは何故か分かっていたから、船走る大海の、静かに光る野原の、言い難いまほろばを行くのだ。
短い話1 リンゴの村より
ガーデンとフィローは、歳の離れた二人組だ。二十代の男がガーデン。書いても呼んでも、草花と同じガーデン。フィローは十歳の女の子。頭の横で結んだポニーテールに、大人しそうな顔。そんな二人が、のどかな田舎の村にやって来た。
二人は誰も外にいない村の様子を見ながら、しばらく立ち尽くしていた。
「野宿続きだったからな。今日は宿で休むか」
ガーデンが、フィローにいった。
フィローはこくんと頷き、大人が着るような渋い茶色のコートを脱いだ。コートに隠れていた重ね着のタンクトップと、小さなウエストポーチが現れる。
ガーデンはフィローがやろうとしていることを察して、片手で制した。
「俺が払うよ」
ガーデンは銀貨を取り出す。とはいえ彼女のウエストポーチの中に入っている硬貨もガーデンのものであるから、誰が払おうが同じことだ。
「俺が払うから、フィローは宿を取ってきてもらえるか」
ガーデンはフィローに銀貨を渡し、彼女を宿屋へ向かわせた。
宿を目指して走ったフィロー。だが、立ち止まったまま見守っているガーデンに気付き、急いで戻ってくる。
顔が青ざめている彼女を見て、ガーデンはため息をついた。彼女の気の小ささを、急いで治す必要もない。ガーデンは銀貨を返してもらい、宿の扉をノックした。
待つことなく扉が開かれた。中から大勢の人達が外に出てきてガーデンとフィローを取り囲んだ。
フィローはいきなり出てきた人の群れに、思わず気絶しそうになった。しかも、数人の男はスコップや包丁などをこちらに構えているのである。
狼のような目で、町の人達はガーデンを見ている。ガーデンは嫌な気分になった。
「俺が何かしたのか?」
「あんた、賞金稼ぎだろ? あんたが付けてる武器を見れば分かる」
ほうきのような髭面の老人が、村人達の代表としていう。
ガーデンは努めて穏やかに言葉を選ぶ。
「どちらでも変わらないだろうが、俺は賞金渡りの方だ」
ギルレイスという国では、賞金稼ぎと賞金渡りという二種類の人間がいる。賞金稼ぎとは依頼人から頼まれ賞金首を狙う者達で、賞金渡りは国中に無数とある闘技場で賞金を狙う。
闘技場で賞金を獲得する強者は自然と名が売れ、闘技場から闘技場へ渡り歩けば、足取りが知られてしまう。賞金が渡っている、といわれるようになり、やがて賞金渡りと呼ばれるようになった。
「どっちでもいいさ、ともかくこの町から出てってくれ。怖いんだよ」
確かに、ガーデンは怖かった。
ゴワゴワとした白いシャツは普通だが、上に纏った温かい暗緑色のジャケットや、腰のベルトに取り付けられたいくつものナイフが、ガーデンの雰囲気を険しくさせていた。
特に、腰の後ろに横向きで固定された、さらには左ももの辺りにも固定された、二振りの小さな刀剣が町の人達にはたまらなかった。
「じゃあ武器は入り口に置いてくから、泊まらせてくれ」
「ダメだ」
「この子だけでもダメか?」
「ダメだ。俺達は一昨日も昨日も賞金稼ぎの男達に襲われたんだ、誰も信じられない。お願いだから帰ってくれ」
ガーデンは理由を聞いて納得した。前の村も、その前の村も同じような話があった。小さな村や集落では、金のない傭兵上がりの若者が、賞金稼ぎだと名を売りながら略奪騒ぎを起こす。やっていることは盗賊と変わらない。
ガーデンはフィローと手を繋ぎ、村人達の囲いから抜け、ゆっくりと離れた。これは凶暴な動物を刺激させない動きと同じだ。
村の人達がそれぞれの家に閉じこもってから数十分ほど経っても、ガーデンは村の外で考え続け、そして閃いた。フィローを待たせて、ガーデンだけがふらっと村を出て行く。怖い村でたった一人待つことになってしまった彼女は身も震える思いになる。
やがて、リンゴのたくさん入ったカゴを持って帰ってきた呑気なガーデンを見て、フィローは顔に出さずとも少しだけ怒った。
その日は村の傍の小川で野宿をする。次の日も次の日も野宿をしながらリンゴを集め、宿の前に持っていった。フィローは川で遊んだりして過ごした。ガーデンは空を眺めて過ごした。
三日ほどそんな日が続けば、村の人達は家から出てきて、宿に集まる。三日もの間、そこまで食べたくないリンゴを差し出してくる旅人は、村人達にとって恐怖より興味の対象になったのだ。
やがてリンゴのカゴを持ったガーデンとフィローが、四日目の朝に現れた。
「あんた、何がしたいんだね」
老人が聞くと、ガーデンは答える。
「こっちが何もしないって分かってほしくて、リンゴを毎日置いてるんだよ」
「どうせならリンゴ以外の物でも欲しいんだが」
「宿に泊めてくれたら宿代くらい払う」
「アンタには負けたよ」
老人は笑ってくれた。ガーデンとしては笑ってくれなくてはどうしようかと思っていた。
このまま準備も休みもせず次の町に行くには、不安が残る。戻るにしても野宿の連続をここまで続けてきたのだから、どちらにしてもこの村で一息整えたかった。後日、ガーデンがこのことを村人達にいうと、早くそういってくれたら最初から泊めたのに、と返ってきた。
おかしな旅人が来てくれた喜びに、村は歓迎ムードになっている。フィローが目をパチパチとしているのに気付いて、ガーデンはいってやった。
「慈悲には慈悲を、暴力には暴力を。つまりアメとムチを使ったんだ」
「すごい」
フィローは胸から上ってくるような痺れる痒みに、思わず笑みを見せた。フィローはこの村を訪れてからしばらくの間、口癖のように「アメをたくさん使おう」というようになった。そんなことをいうフィローを見て、少し後悔するガーデンだった。