仄暗い魔法瓶

ファンタジー小説の投稿ブログになります。

横浜ランプ

天野ゆいは24歳の誕生日、デートに誘われた。 Excelファイルを眺めつつ、私は小さな声でそう呟いた。 指先でブラウスの襟を触りつつ、昨日のことを振り返る。確かに、会社の先輩に使っていないアカウントを教え、SNSで話をした。その時に彼がイルミネーショ…

短い話2 木の実の道より

木の葉が風に舞い、乾いた音が森を潜っていく。 緑の匂いがいつまでも吹いている。二人の視界には、天井となって広がる木の葉と、地面となって広がる落ち葉が、ずっと続いていた。どこまで進もうが変わらない景色だ。それでも進んでいると二人が分かるのは、…

前の話1 庭園より

彼は強い人間ではなかった。庭園に咲く花は、自身が弱い花だと知らずに育つのかもしれない。もしもそうであれば、彼はそういう人間だったに違いない。 彼がいつも眺めている庭園は、真っ白な壁に囲まれ、真っ白なオブジェが足元に埋め込まれ、色鮮やかな花々…

長い話1 キングスレイクの闘技場より

ガーデンが険しい顔をすることは、滅多になかった。感受性が誰よりも深い彼は、怒りよりも先に相手の悲しみなどが分かってしまい、その穏やかな顔をもっと潤すからだ。 緑の丘を越えてキングスレイクの街にやってくれば、フィローは心配そうな顔をもっと濃く…

少し長い話1 町の図書館より

人には一つでも長所や特技があれば十分だ、と誰かがいった。ガーデンはその言葉が好きであると同時に、これほど便利な言葉はないとさえ思っている。特に、フィローを褒める時には尚更そう思うのである。 フィローは料理が得意だった。人と上手く打ち解けられ…

短い話1 リンゴの村より

ほとんど漠然としていて、けれども求めているものは何故か分かっていたから、船走る大海の、静かに光る野原の、言い難いまほろばを行くのだ。 短い話1 リンゴの村より ガーデンとフィローは、歳の離れた二人組だ。二十代の男がガーデン。書いても呼んでも、…

一話 人食い花 後編

一話 人食い花 中編 夜の風は重い。フルトはラネルの元へ急いだ。何も見えず、何度も転んだ。 研究屋敷の扉は開かれ、ランプの光が石畳を滑っていた。玄関先から小さな話し声が聞こえた。 生垣に隠れ、汗を拭いながら目を凝らす。腰の曲がった小さな人影が、…

一話 人食い花 中編

一話 人食い花 前編 帰りは夜になった。フルトとフォリアの二人組は、一つの手土産をラネルに渡した。一つしかないが、大切な手がかりだ。 ビスコが持っていた人食い花の絵は、幾重にも重ねて塗られた油絵で描かれていた。真っ黒に塗られた暗闇の中で、赤い…

一話 人食い花 前編

遅く起きる朝、魔法の練習を昼まで。それが親友のフルトの日課である。 真っ白な毛皮の寝間着姿で、フルトは大きな屋敷の自室の真ん中にポツンと突っ立っていた。両手には、猫耳のついたニット帽子がのっている。 魔術に必要な道具は、このニット帽子だけで…

帽子のフルト 北西大陸の魔女達 プロローグ

北西大陸の魔女の暮らしを書くにあたり、注意しなければならないことがある。彼女達のことを魔女と呼ぶことについてだ。 まだ小国の点在していた古い時代、人間は、底知れぬ魔力を秘めている魔女を恐れていた。やがて彼女達が神の遣いではなく人であることを…