仄暗い魔法瓶

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短い話2 木の実の道より

 木の葉が風に舞い、乾いた音が森を潜っていく。

 緑の匂いがいつまでも吹いている。二人の視界には、天井となって広がる木の葉と、地面となって広がる落ち葉が、ずっと続いていた。どこまで進もうが変わらない景色だ。それでも進んでいると二人が分かるのは、辺りに散らばった背の高い大木の柱が、二人の視界の奥でちらちらと動くから。

 コンパスも持たずに、ガーデンは目印のない道を突き進む。フィローはサイドポニーを振りながら、軽快な足取りでガーデンの後ろを歩く。落ち葉を踏むのを楽しみながら。

「ここで野宿するのも良いかもしれないな」

 ガーデンは自分から話を持ちかけた。フィローは顔を上げる。

「昼は上にある葉っぱのおかげで涼しい。夜は寒いだろうが、何もない真っ暗闇で葉音を聞くのも楽しそうだ」

「もう連続」

 フィローがそう呟いた。灰色の目を悲しげに逸らしながら。

 この二人はとある街を出発してから、もう三回も野宿を繰り返していた。そこまでゆったりと旅をしてきたわけではないが、安全で、お金があまりかからず、旅支度が出来るような場所にある宿など、中々お目にかかれないものなのである。

「野宿も嫌なことばかりじゃないだろう」

「でも連続」

 ガーデンは無言になった。フィローもそれに習って無言になった。

 風と落ち葉の音を聞きながら、二人は黙々と歩いていた。落ち葉を踏むのも飽きて、通り過ぎてゆく木の柱を見ていたフィローであるが、そうしていると、落ち葉に隠れて、何か丸い物がたくさん落ちていることに気付いた。

 立ち止まってたくさんある中の一つを手に取ると、その丸い物は美味しそうな木の実だった。

 振り返るガーデンに、慌てて木の実を見せるフィロー。

「ああ、木の実か。それは食べられるやつだな」

 ガーデンはそれだけいって、さっさと先に進んでしまう。

 最初は戸惑ったのだが、フィローはガーデンの言葉を信じて、その赤くて丸い木の実を食べた。少しの間だけ、フィローは時間が止まったかのように動かなくなった。

 頭の中が真っ白になったフィローとは違い、しばらく考え事をしながら歩いていたガーデン。葉っぱで隠れた太陽を見上げながら、陽が落ちる前に野宿の準備をするか、陽が落ちるまで何とか泊まれる場所を根気強く探すか悩んでいたのである。中途半端な選択をすれば何もかも上手くいかなくなるものだ、たとえ金貨の裏表で決めてでも、今の内に決めなくてはいけない。

 考えている間にフィローの足音が消えていたので、ガーデンは再び振り返った。

「何をやってるんだ?」

 そこには、フィローが真剣な顔で先ほどの木の実を集めている姿があった。それもかなりの数であり、次々とポーチへしまいこんでいた。

「美味かったのか」

 そう聞いてみると、フィローは頷いた。

 つい笑ってしまいながらも、「欲張ると得なことないぞ」と忠告した。

 二人は森の中にある川を、沿って歩き始める。静かな水流の囁きが、冷たい空気と一緒に続いている。フィローは欲張ることを止めないで、赤い木の実を集めながら早歩きのガーデンを追いかけ続けた。

 

 時間が経つほどに首筋が寒くなり、木漏れ日も消えて、藍色の空に浮かぶ月明かりを頼りにするばかり。

「野宿しかないな」

 ガーデンはため息混じりにそう呟いた。しかし、フィローはガーデンの声など全く聞こえておらず、肩にかけていたポーチの中を覗き込んでいた。

「今度は何だ?」

「木の実がない」

 ガーデンは顔をしかめてから、フィローの使い込まれたポーチを見る。

 ポーチの底には小さな穴が空いていて、溢れる寸前まで入っていたはずの木の実は少ししか残っていなかった。

 目を凝らして暗い地面を見ると、木の実が赤色の線となってずっと後ろまで続いていた。それを見たフィローは目を丸くする。ガーデンの低い笑い声が張りつめた森に響いた。

「だからいっただろう、欲張ると得なことはない」

 あまりに可笑しそうにしてガーデンは笑い続ける。フィローが怒った顔で木の実をまた集め始めるので、ガーデンも笑いながら手伝った。

「そこにいるのは旅人さんですか?」

 笑い声で気付いたのかもしれない。拾っている最中に、二人が知らない声が降りかかった。ガーデンは木の実を取るのを止めて立ち上がる。遠くに、カンテラの暖かそうな明かりがある。

 カンテラを持った男は段々と二人へ近付いてくる。フィローはガーデンの後ろに隠れた。

「やはり旅人の方でしたか。もう暗いのに大丈夫ですか?」

「いや、結構悩んでいる」

 ガーデンが愛想笑いもしないでそういっても、男は優しい笑顔を見せてくれた。

「実は私も困っているんですよ。ここの木で商売をしているんですがね、川の近くにある家まで戻れなくなったんです。遅くに町に出掛けたのが失敗でした」

 ガーデンは男の話をほとんど他人事として聞いていたが、ふと閃いた。後ろで隠れているフィローと目を合わせ、次に木の実の道を見た。

「……多分、これを辿れば川まで行けると思うが」

 フィローが木の実を集め始めたのは川に沿って歩いていた時である。木の実の道を辿っていけば川まで迷うことなく行けるはずだ。

「おお! それはありがたい! 町にも戻れませんし、どうしようかと思っていました。どうでしょう、一晩だけでも私の家に泊まっては?」

 男が微笑んでそういってくれた。

 ガーデンは目を見開く。困惑しながら、一応頷いた。

 カンテラを持つ男を先頭に、道を戻ってゆく二人。ガーデンはフィローにいった。

「何というか、お前らしいな」

 フィローは自分の活躍など気付かないようで、首を傾げている。

 カンテラの灯りに、寒い風と小さな影が重なっている。今晩の宿を見つけたのはフィローのおかげだが、一番損をしたのも木の実を落としたフィローだった。そう思いながら彼女の小さな背中を見てみると、ガーデンは微笑まずにはいられなかった。

 男の後を付いて行く中、ガーデンはフィローに声をかけた。

「新しいものを買おうか」

 穴の空いたフィローのポーチを指差す。ずっと使い続けたものだ、そろそろ新しいものを買っても良いだろう。

 フィローはいつものように答えた。

「要らない」

 フィローはポーチに空いた穴に指を添えながら、続いている赤い木の実を夢中になって追いかける。ガーデンはその小さな背に笑みを向け、ゆっくりと歩いた。